第38回 視覚の障害 | 医療法人社団 敬仁会 | 桔梗ヶ原病院

第38回 視覚の障害

平成30年10月11日桔梗ヶ原病院リハビリテーション研究会Luncheon seminarを開催しました。講師は、当院リハビリテーション科の武田克彦先生(第40回 日本高次脳機能障害学会学術総会会長)。「視覚」と題し、講演をして頂きましたので、ご講演内容を報告いたします。

 

MT野

サルの脳を研究している神経生理学者は、側頭葉にある神経細胞が運動刺激に対して活発に反応することを見出した。その細胞は側頭葉の中央部にありMT野と呼ばれる。

さらにMT野の細胞の活動が運動方向の判断とよく一致することが見いだされた。

動いているものだけがみえない例

視力、色覚などは正常なのに物の動きだけが見えない運動視の障害が選択的にある。

運動視という働きが視覚系において他の視覚機能から独立している。ひとつの機能単位としてとらえる事ができることが示されたため、脳には運動視を司る特殊な部位があることが示唆された。

症例LM(運動視の障害例)

患者LMには以下のような症状が見られた。

・液体がまるで凝り固まってみえ、カップにコーヒーを注ぐことができなかった。しかも、カップの中で量を増す液体の動きを知覚できず、タイミングよく注ぐのをやめることができない。

・相手の頭の動き、特に口の動きがわからない。

・部屋の中を歩く人の動きが分からない。

・車のスピードを判断できず、道路を横断することができない。ずっと遠くに見えた車が道路を横切ろうとした途端、その車はすぐ目の前にいる。

・指をあまり速く動かすと、目でその指の動きを追うことができなかった。

→小さな光点が動いているかどうかを患者に報告させた。光点がゆっくり動けば運動を感じることが可能であったが、速度を増すと運動を知覚できなくなった。運動印象は感じられなかった。

・物体が奥行きの方向に動くと、運動知覚はますます困難となった。

・触覚的運動と聴覚的運動は知覚できた。

ゼキの発見

ゼキはサルのV4といわれる領域で色に選択的に反応する神経細胞がたくさん存在することを見いだした。ゼキのグループは、脳の血流量を測定できるPET(ポジトロン断層撮影法)とよばれる手法で、色を知覚するときに脳のどこが活動するかを調べた(1989年)。脳の血流量は、神経活動に伴って局所的に増えることが知られている。被験者に様々な色のあるパターンを見せたときに、これと明るさが同じで色だけをなくしたパターンを見せたときよりも血流量が増えたのは、紡錘状回の付近であった。

色覚障害

色を知覚できない、正しく識別できない人もいる。その原因は大きく2つあり、先天的な色覚障害と後天的な色覚障害である。先天的な色覚障害は遺伝的要因によって生じ、その発生率は男性4.5%、女性0.6%である。先天的な色覚障害は、明るい光に弱いという特徴があり、積み木の色を見分けられないことや色鉛筆やクレヨンの使い方の異常などでわかる。

先天的全色覚障害患者の言葉

「私は健常者が黒、白、灰色といった言葉で語る世界しか見えない。赤はかなり明るくても黒に見える。青や緑は中間の灰色、黄色は明るい灰色に見える。茶色は鮮やかなオレンジ色と同じように見える。」

日が射しているときには、どのライトがついているかを知ることは用意ではなく、太陽光で眼がくらんで見えない。

先天的色覚障害

先天性の色覚障害は、網膜の視細胞レベルの障害と考えられている。錐体細胞がまったく存在しない、または極めて少ない場合に全色盲となる。桿体細胞は弱い光にも敏感なので患者はまぶしく感じる。錐体細胞のどれかが欠けていたり、うまく機能しない場合も色覚障害となる。赤錐体を欠けば、いわゆる赤色盲となる。

紡錘状回の損傷と色

一般に色盲や色弱と呼ばれているのは、網膜の感光色素タンパク質(視物質)に原因があり、一部の色に対する感覚が障害される場合が多い。これに対し、紡錘状回の損傷で生じる色覚失認では、物の形や明るさの知覚は正常であるが、損傷した場所と反対側の視野の全体にわたって、すべての色覚が失われる。例えば、右脳の紡錘状回に損傷をもつ患者にカラー写真を見せると注視している点よりも右側の部分は正常に見えるが、左側の部分は白黒写真のように見えるのだという。

症例報告(ダマジオによる大脳色覚障害の患者)

急に左視野の色覚が失われた例があり、大きな赤を呈示すると左側は灰色にみえると答えるが、その他の視覚検査には問題がない。

全視野で色覚障害を示す例もあり、すべてが灰色に見えるという。視野の右上に視野欠損と顔の認知障害がある。

色彩失認

古典的定義によれば、色彩失認とは色知覚の非言語的課題では正常な成績をあげることができ、色彩失認の患者は色覚は保たれている。しかし、見せられた色の名を言えず、検者が言った色を指示することも出来ない。すなわち色覚が保たれているのに、特有の色を持つ物品の形は思い出せるが、その色が思い出せない。また、物品の色を他に与えられた色の中から選び出すことができない症状である。

色名呼称障害

色名呼称障害を示す患者は、色覚のテストでは正常であり、色を分類することも可能であるのに対し、呈示された色の名前を言うことが障害されていたり、色の名前を聞かされても正しい色を選べない。色と物品の対応はできる。すなわち色名呼称障害の患者は、色の呼称つまり視覚的に与えられた色刺激に対して言語で反応する課題ができないのである。

色覚の中枢

後頭葉の下側に、紡錘状回という領域がある。紡錘状回は、視覚前野の一部であり、四次視覚野を含んでいる。紡錘状回の一部に損傷を受けると、色覚失認(皮質性色盲)がおこることが100年以上前から報告されており、ここはヒトの色覚中枢とよばれている。

色の知覚の検査

色の知覚に関する検査としては、Farnsworth-Munsell 100-Hue test,Panel D-15、石原式色覚検査、色の照合検査などがある。これらは、色に関する知覚処理が可能かどうかを見る検査である。これらの検査に異常を示すとなると、大脳性の色覚障害の可能性が高い。

盲視について

色盲とは、見えないと自覚する視野欠損部でもその部分に呈示された視覚刺激について、刺激の方向や色などの識別が可能であるということをさす。

症例DB

症例DBは、血管障害のある右脳の一次視覚野を切除したため、視野の左側が見えなくなった。見えないはずの視野に視覚刺激を提示し、もし見えるとしたらどんなものが見えるかを推測してみるよう指示をした。その結果、視覚刺激が比較的大きくて明るい場合には、その刺激の位置を指し示したり、線の傾きや、×印と〇印を判別したりできたのである。

この実験後にDBは、「まったく何も見なかった」と答え、さらに念を押すと、「線がこちらを指しているような感じがした」と述べた。さらに「自分は当て推量をしただけで、見えるという感覚は全くない」とも述べている。

症例DBの見解

盲視を説明する一つの可能性として、視覚の情報が網膜から中脳の上丘を通って、視床枕核へいたるバイパスを経由するのではないかと指摘されている。しかし、上丘には色に反応するニューロンがないので、盲視の部分に提示された色を識別する能力が伴うという報告があることを説明できない。したがって、網膜から視床枕核に入って直接視覚連合野へいたるバイパスも大切だと考えられる。

盲視についてのまとめ

視野のうちで見えなくなったとされる部分で、かなりの知覚が可能であることが立証された。患者は盲目であると信じており、何の視覚的感覚がないと報告したが、それでも物の位置や形を推測できた。これは一種の無意識的視覚であるといえる。盲視の現象は、意識レベルで知覚されない刺激でも意識に上がらないレベルでは処理されていることを示す。

 

 

以上、武田克彦先生に「視覚」をテーマにご講演頂きました。次回は、平成30年11月15日にご講演して頂く予定となっております。

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