第39回 視覚失認 | 医療法人社団 敬仁会 | 桔梗ヶ原病院

第39回 視覚失認 

39回 視覚失認

平成30年11月15日、桔梗ヶ原病院リハビリテーション研究会Luncheon seminarを開催しました。講師は、当院リハビリテーション科の武田克彦先生(第40回 日本高次脳機能障害学会学術総会会長)。「視覚失認」と題し、講演をして頂きましたので、ご講演内容を報告いたします。

 

~失認~

失認とは、要素的感覚障害、知能の低下、注意障害、失語による呼称障害がないのに、ある感覚を介して対象物を認知することができない障害である。

 

~視覚失認~

視覚失認は、要素的な感覚(一次感覚)が保たれているのに視覚的に提示された物品が何であるかわからない。

 

~視覚失認と鑑別診断~
  視力検査 対象の呼称 対象の使用をまねる 対象の分類 他の感覚を通して呼称
視力障害 × × × ×
視覚失認 × × ×
視覚性失語 ×
失語 × ×

○:障害がないかあってもごく軽度  ×:障害あり

 

~視覚失認と鑑別すべき状態と鑑別のポイント~
鑑別すべき状態 鑑別のポイント
大脳性弱視 視力
高度の視野障害 視野検査
視覚失語 カテゴリー、ジェスチャー
失語症 触覚性に呈示する

 

~どういう時に視覚失認を疑うのか~

視力は保たれているのに、見せられた物品の名前を答えられない。例えば、「缶切り」を見せられると「鍵」と答える。また「聴診器」を見せると、「長いコードの先に丸いものがついている」といった表現をする。答える時に「光っていてよく見えない」などという。また、不安げに「○○じゃないかな」といった答え方をする。

物品を見せると、「触らせてもらえばわかるんですけどね」といった答え方をする。実際に触らせると、それが何であるかわかる。この場合は視覚呈示した時のような不安げな様子はみられない。

 

~視覚失認を疑う時に行う検査~

1)カテゴリーに分ける検査(遠藤ら)

見せた物品と同じカテゴリーの物を選ぶ

見せる刺激 比較刺激
栓抜き ボタン、栓、スプーン、100円
消しゴム 釘、鉛筆、マッチ箱、チョーク

 

  1. 物品呼称

WAB失語症検査に使う物品を見せてその名前を言わせる(例;鉛筆、切手、金づち…)。もし言えなかった場合は、その物品を触らせた後で物の名前を言わせる。

 

  1. 絵を見せてその名前を言わせる

WAB失語症検査に用いられている絵、Boston naming test、Snodgrass and Vanderwart picture naming などがよい。

 

~失認の古典的の分類(Lissauer,1886)~

Lissauerの分類には統覚型視覚失認と連合型視覚失認がある。

  対象の模写 複雑な形の異同判断
統覚型(apperceptive) できない できない
連合型(associative) できる できる

 

~統覚~

統覚とは、知覚することを知覚すること、知覚の統合に先立ってその結合を可能にする能力をさす哲学用語である。

 

~Lissauerの考え方~

統覚型視覚失認では、要素的な一次視覚が保たれているのに、その対象物を一つのまとまりとして把握出来ないので、提示された物品が何であるか分からない。それに対して、連合型視覚失認では、一つのまとまりとしては捉えることが出来るが、過去において蓄えられてきた経験と結びつかないので、提示された物が何であるか分からないと考えられている。

 

~患者HJA とHumphreysらの考え~

両側性の大脳の脳梗塞後に視覚失認を示した。線分の長さの判定、傾き、位置の把握には問題がない。しかし、自分でコピーできた図について、その名称を正しく言うことが出来なかった。また一つの絵を模写するのに6時間もかけていたという。

HJAは絵を構成する要素同士の関係を把握できなかった。Humphreysらは要素を全体にまとめることができないこのタイプの視覚失認を統合型の失認(integrative agnosia)と呼んだ。

 

~Warrington分類~

従来統覚型といわれているものは、1つではない。色の障害などの基本的な障害(形の識別の障害を含む)によるものは、psudo-agnosiaとして区別すべきである。

Warringtonによれば、あるものを見慣れた観察方向(canonical,prototypical)から撮影した写真では問題はないが、見慣れない方向(unconventional,unusual)から撮影したものには、その認識に困難を示す場合があり、それが統覚型であるとした。(例:横から見たバケツはわかるが、真上から覗くようにして見たバケツは認識が困難。開いている傘はわかるが、閉じていると認識が困難→知覚的範疇化の障害)。

 

~Warringtonの考え~

・基本的な視覚処理の障害(形の識別の障害を含む):psudo-agnosia(擬似失認)

・図と地図の区別の障害

・知覚的範疇化の障害(Perceptual categorization)

・意味的範疇化の障害(Semantic categorization)

 

~左右の半球に役割分担がある~

Warringtonらは、左右の半球に役割分担があると考えた。右半球での障害は統覚型視覚失認を引き起こし、左半球での障害は連合型視覚失認を引き起こすと考えられている。

 

~さらに異なる考え方~

Farahの考え方;Farahによれば、従来の統覚型といわれている障害には、いくつかの別個の障害が含まれていたという。詳しくはFarah M: Visual agnosia,second editionを参照。

 

~Farahの分類~

・狭義の統覚型視覚失認

・背側型同時失認

・腹側型同時失認

・知覚範疇化の障害

・連合型視覚失認

 

1)統覚型失認(狭義)

Farahは「統覚型失認」という用語が狭い意味で用いられる場合は、比較的等質な一群の患者たちを指していると述べている。すなわち、要素的な視覚機能と一般的な認知能力は保たれていると思われるのに、形の弁別は最も単純な形の場合でも重度に障害されている。

2)背側性同時失認

Farahは従来の統覚型失認とされてきた患者の中には、この背側性同時失認の患者が含まれているという。背側性同時失認の患者は、一つだけの刺激に対してはわかるが、いくつかの刺激を同時に並べて提示すると、名前を言われた刺激を指さすことも、検者が指さした刺激を呼称することも出来ない。また、2つの同じ物(2本の鉛筆など)を同時に見せると、2つを横に並べても、上下に並べても、また遠くと近くに並べても、そのうち1つだけしか知覚すること出来なかった。

3)腹側性同時失認

Farahによれば腹側性同時失認患者は、複数の刺激を認識することができないが、複数の刺激をみることは出来る点で、背側性同時失認患者と異なっている。これは腹側性同時失認患者が散らばった点を考えることができることや、物品を正しく使ったり、物にぶつかることなく歩き回ったりすることができることから明らかである。その上、更に腹側性同時失認患者は、十分な時間が与えられれば複数の刺激を認知することも出来る。たとえばKinsbourneらの患者は、ある絵について次のように説明している。「車輪のとれた自転車がある。クランクだ。ペダル。後ろの車輪、若い男が自転車の上に座っている。何かを自転車に載せて運んでいるようだ」と述べている。

4)連合型視覚性物体失認

連合型視覚性物体失認のメカニズムとしては、Geschwindの言語化の障害とする説、保たれている視覚記憶表象が障害されたとする説、視覚認知が保たれていないとする説などがありまだよくわかっていない。

 

以上、武田克彦先生に「視覚失認」をテーマにご講演頂きました。次回は、平成30年12月13日に講演して頂く予定となっております。

 

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