第32回「クリューバー・ビューシー症候群(Klüver–Bucy syndrome)」
平成30年4月12日桔梗が原病院リハビリテーション研究会Luncheon seminarを開催しました。講師は、当院リハビリテーション科の武田克彦先生。
テーマは「クリューバー・ビューシー症候群」と題し講演して頂きましたのでご講演内容を報告致します。
クリューバー・ビューシー症候群とは
クリューバー・ビューシー症候群とは、「アカゲザルの両側側頭葉切除後の精神盲(psychic blindness)と他の症状について」がクリューバーとビューシーによって報告されたことに由来する。
サルはどうなったか
一匹のアカゲザルの側頭葉を両側切除(最初は左、次に右)したところ、怒りや恐怖不安などの反応を示さなくなった。
このサルは人間にも他の動物にも、生物にも無生物にも躊躇することなく接近し、手よりも口を用いてそれを吟味しようとした。また、視覚刺激に対して反応しやすくなった。
櫛、ひまわりの種、ねじ、棒切れ、リンゴやバナナ、蛇やネズミを目にすると、手当たり次第にそれを取り上げては、口に入れた。その上で、食物でないときにはそれを捨てた。
視力の消失はなく、視空間定位は可能であった。しかし、視覚によって物体を認知することができないようだった。
視覚的な手がかりだけでは、それが食物か危険なものかも区別ができないようであった。
また、サル特有の素早い運動は消失し、一般的な動作緩慢が認められた。
片側の側頭葉を切除したサルでは同様の症状は認められなかった。
さらにクリューバーとビューシーは16匹のサルの症例を報告しており、中でも顕著なのは精神盲と呼ばれる症状である。
精神盲とは、皮質盲に対する言葉である。
皮質盲は、一次視覚野の損傷で生じ、視覚の障害は完全と思われる。物を見ることはできないが、以前に見たものは記憶している。
精神盲とは
精神盲はMunkによって提唱された。
犬を用いて、両側の後頭葉の限局した損傷をうけた犬は、中心視は消失するが辺縁視は保たれる。
この犬は盲ではない。視覚的にコントロールしながら自らの身体を移動させ障害物をよけていくが、見えているものを知覚することができない。
その犬は放しておくと、部屋や庭の中を何にもぶつかることなく歩き回り、行く手を障害物で遮っても、器用に避けるか飛び越えるかしてしまう。
しかし、視覚の精神的領域においてある種の特殊な障害が認められた。
それまでは部屋の決まった片隅で食事を取っていたのに、まったく食物を探そうとしなくなり、行く手に食物を入れた皿や水の入った鉢を置いても、その周囲を何回かぐるぐる回るのみで興味を示すことはなくなった。
人間が指を眼前に突き出したり、炎を近づけてもそれから遠ざかろうとしなかった。
失認とは
要素的感覚障害、知能の低下、注意障害、失語による呼称障害がないのに、ある感覚を介して対象物を認知することができない障害である。
視覚失認を疑うときには、WAIS-Rの言語性の検査、視力、視野の検査が必要となる。
失認の古典的分類(Lissauer,1886)
統覚型視覚失認、連合型視覚失認がある。
前者は対象の模写、複雑な形の異同判断ができないのに対し、後者は両方が可能である。
統覚とは
この言葉は、知覚することを知覚すること、知覚の結合に先立ってその結合を可能にする能力を指す哲学用語である。
Lissauerの考え方
統覚型は、要素的な一次視覚が保たれているのに、その対象をひとつのまとまりとして把握できない為、提示された物品が何であるかわからない。
それに対して連合型は、ひとつのまとまりとしては把握できるが、過去において蓄えられた経験と結びつかない為に提示された物品が何であるかわからないという考え方である。
6つの症状
クリューバーとビューシーは、脳葉の切除実験を続けた。
そしてサルにおいて、両側の側頭葉を切除すると、「精神盲(視覚失認)」「口唇傾向」「変形過多」「情動行動の変化」「性行動の変化」「食事習慣の変化」の6つの症状が出現するとまとめた。
口唇傾向とは、すべての対象を口に入れるという傾向があることをいい、対象を口に入れて舐めたり噛んだりする。口で吟味するといってもよい。
変形過多とは、hypermetamorphosisと呼ばれるもので、個々の視覚的刺激すべてに気づき注目し、触れようとすることである。この行為の遂行は、何か抑えられずに行うという印象を与える。
情動反応変化とは、怒りや反応が起こらないということである。脳の両側の切除を行う前のサルであったら、当然なんらかの反応を生じさせた刺激(例えば蛇など)であったとしても、もはやそれに対して情動の反応を示さないということである。
性行動変化とは、性的行動が増加すること。サルには通常見られない異性愛的、同性愛的行動を絶えず、あるいは間欠的に行う。
食事習慣の変化とは、食欲が亢進し、通常では食べないものを大量に食べることを指す。
動物を対象とする研究では
扁桃体(両側)の損傷で、このような行動変化が生じる。側頭葉の新皮質を重視する考えもある。
人を対象とする研究では
クリューバー・ビューシー症候群は、かつてはてんかんのために両側側頭葉を切除した患者での報告があった。だが、そのような手術がなされなくなってからは、脳炎、ピック病、頭部外傷などの患者で報告されている。
人では、6つの症状のうち3つの症状があるとクリューバー・ビューシー症候群と呼ぶということが文献上みられる。
また、これらの症状に失語、健忘、認知症(limbic dementiaという言葉もある)、痙攣などを伴うことがあるといわれる。
責任病巣としては、側頭葉の内側面、その中でも扁桃体とする考えが一般的である。人では扁桃体が不完全にしか傷害されないことがあるため、完全なクリューバー・ビューシー症候群は少ないのかもしれない。
しかし、扁桃体以外の側頭葉内側面のどこかの病巣でこのクリューバー・ビューシー症候群が生じるという意見もある。扁桃体を含む側頭葉の内側面両側をてんかんの手術で切除された症例HMでは、情動反応の変化などは観察されていない。
また、Narabayashiの両側の扁桃体切除例でもこのような症状は観察されなかったとされる。
クリューバー・ビューシー症候群の治療は、カルバマゼピンが有効とされる報告がある。
以上、武田克彦先生に「クリューバー・ビューシー症候群」をテーマにご講演頂いた内容をご報告します。
次回は平成30年5月10日にご講演して頂く予定となっております。
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