第30回「失音楽症」 | 医療法人社団 敬仁会 | 桔梗ヶ原病院

第30回「失音楽症」

平成30年2月15日桔梗ヶ原病院リハビリテーション研究会Luncheon seminarを開催しました。講師は、当院リハビリテーション科の武田克彦先生。
テーマは「失音楽症」と題し、講演をして頂きましたので、ご講演内容を報告致します。

~失音楽症(amusia)~

大脳の損傷により音楽に関する能力が全面的もしくは部分的に失われる高次脳機能障害である。

~音楽の用語~

音楽学の三大構成要素として、以下の要素が挙げられる。
①メロディ:1つの単位として認識できる、ピッチの変化とリズムを有する音の連なりと定義される。
②リズム:時間的に分割された音のグルーピングのことをいう。ピッチとは感覚量として音の高さのことである。
③ハーモニー:同時に鳴り響く音響現象としての和音の連なりをいう。
失音楽症ではピッチの障害が前面に立つことが多い。

~Grison(1972)の音楽教養レベル~

① 音楽に関心を示さなかった。聴くこともしたがらなかった。
② 馴染みのあるメロディを時々唄い、ラジオで音楽を時々聴いた。
③ 唄うことを楽しみ、レパートリーは増えつつあった。レコードを購入し、それを頻繁に聴いた。
④ 楽器の演奏をしたが、理論や視唱の訓練は受けなかった。
⑤ 楽器を演奏した。かなりの視唱力と一般的な音楽的知識がある。
⑥ 実技・理論ともに優秀な音楽家だった。
一般的に③、④のレベルが多く、⑤⑥のレベルは少ないと言われている。

~音楽能力を測るテスト~

シーショアテストは、1960年に現在の形に改定されたテストで、音楽の専門化を対象に、音楽の構成要素の基礎的な知覚能力の評価を目的とする。ピッチ、リズム、音量、音の持続時間、音色、短い音列の記憶の6つの下位検査からなり、ピッチ、リズム、音量、音色の検査ではペア刺激の異同弁別を行う。音楽の基礎的知覚能力を詳細に検討できるが、素人には難しすぎるうえ、基準値も定められていない。

~失語と失音楽症~

言語能力のほぼすべてを失った全失語の患者が、馴染みの歌の歌唱の際にはスムーズに歌詞を発することができる。このことから発語について、会話時と歌唱時では神経基盤が異なると想定されている。

~失音楽症例の問題点~

【代表的報告】

例:失語(+)/失音楽(-)
シェバーリン(Luria 1965)
重度の感覚性失語の発症後も作曲を続行。左側頭葉から頭頂葉下部に病巣を認めた。

例:失語(+)/失音楽(+)
ラベル(Alajouanine 1948)
失語、失行とともに楽譜の読み書きの障害のために作曲が不可能となった。

【問題点】

・音楽能力の障害に、失語症の関与が不明。
・失音楽症に関係する脳部位を、失語症のそれと見分けることが困難。
音楽能力の障害の責任病巣を明確にするためには、失音楽以外の高次脳機能障害を伴わないpure amusiaの症例検討が必要。

~失音楽症例の問題点~

~失音楽症の症例~

【症例①70歳、女性、右利き】

主訴:知っている音楽が分からない、歌が音痴に聞こえる
既往歴:1980年弁膜症手術(抗凝固療法)、不整脈、高血圧
現病歴:1982年一過性の右片麻痺と失語症出現。退院後、音楽の聞こえ方の異常に気づき耳鼻科受診するも正常。症状はその後17年間不変。1999年、買い物中突然右片麻痺が出現し入院。音楽能力の評価のために紹介され検査。
音楽歴:Grisonの音楽教養レベル2
身体所見:正常
神経心理学的所見:純音聴力検査正常、失語症なし

音楽関連の訴え

・若いころに習っていたタンゴの音楽を聴いてもタンゴと分からず、踊り子のステップを見て初めて分かる。
・何回も聴いていたレコードを聴いても初めて聴く曲のように聞こえ、何の曲だか分からない。
・歌を唄うと聴いている人に「合っている」というが、全く違う変な音を唄っているように聞こえる。

【症例②68歳、男性、右利き】

主訴:歌を唄うのが下手になった
既往歴:不整脈、高血圧
現病歴:1989年、左側頭葉の梗塞のため、軽度の失語症をきたしたが、失語症は数年で消失。1996年、起床後から言葉が聞き取りにくくなり、得意であったカラオケが下手になっていた。F病院神経内外来を受診、右側頭葉の梗塞と診断され1999年、音楽能力の検査を行う。
音楽歴:Grisonの音楽教養レベル3
身体所見:正常
神経心理学的所見:純音聴力検査正常、失語症なし、話し言葉の理解の軽度障害(純粋語聾)

音楽関連の訴え

・唄うのが下手になった。
・プロ歌手の歌声を聞いても艶が感じられない。
・カラオケの前奏は聞こえるが、自分が唄い始めると伴奏が聞こえない。
・BGMが鳴っていると会話が聞き取りにくい(カクテルパーティー効果の障害)。
→そこで、症例①②の患者、健常成人を対象として以下の検査を行う。

【対象】

症例①②患者、コントロール群:患者とほぼ同じ音楽的教養を有する健常成人9名(55~65歳、男性7名、女性2名)

【方法】

音楽の受容面と表出面の以下の検査を施行

◎受容面

・ピッチの弁別:440Hzの純音と同じ高さに聞こえる音の範囲を測定
・馴染みの曲の認知:童謡30曲のうち20曲のメロディーの一部を故意に間違えてピアノで演奏したテープを聞き、正誤判定
・初めて聞くフレーズの弁別:Seashore measurea of musical talents(1960)のtotal memory test
・リズムの弁別:Seashore measurea of musical talents(1960)のrhythm test
・拍子の弁別:児童のための音楽能力検査→音楽を聞いて2か3拍子を答える
・メロディーと伴奏の調和:小節からなる新しいメロディーに和音の伴奏をつけた曲を鳴らし、メロディーと伴奏が合っているか、いないか返答
・ハーモニーの弁別:児童のための音楽能力検査(間篠1979)→2つの和音の異同弁別
・調性感のテスト:進行12種類、無関係な調に属する長三和音への進行8種類の終了感の有無を返答

◎表出面

・歌唱:既知の童謡を歌詞を見ながら唄う
・単音の再生:検者がキーボードで鳴らした単音と同じ音を、鳴らした直後/鳴っている最中に唄う
・単純なフレーズの弁別と再生:3/4/5度ずつ離れた2音からなるフレーズを鳴らし、聞いたとおりに唄う
・リズムの再生:小節からなる5つのリズムパターンを鳴らし、手を叩いて反復

【一般的検査方法】

すべての検査は静かな部屋で、それぞれの被験者の聞きなれた音量で呈示する。

【結果】



→結果より症例①では受容面の障害、症例②では表出面の障害として捉えたが、すべての検査結果が不良であったわけではなかったことより、どちらか一方での障害ではなく、複合した障害であるとしている。

~音楽的情動musical emotionに関する症例報告~

受容面、表出面での障害ではなく、情動面が障害されたという報告もある。

【症例①】

Mazzucchi(1982)
・58歳、アマチュア音楽家、Grison音楽教養スケール4~5
・右側頭葉梗塞後に、環境音認知と音楽の聞こえ方の障害
・「旋律がlow and dullに聞こえる」「エコーがかかって重なって聞こえる」「以前感じたような喜びや感興が湧かない」音色認知の障害
・ピッチ、リズムの認知、歌唱や演奏能力は変わらず

【症例②】

Mazzoni(1993)
・24歳、アマチュア音楽家(ギター上級者)
・右側頭頭頂葉AVM・出血
・音楽を聞いても何の感興も湧かない

Luncheon seminar の様子

 

以上、武田克彦先生に「失音楽症」をテーマにご講演頂いた内容をご報告します。
次回、平成30年3月15日にご講演して頂く予定となっております。

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