第21回「失読〜2〜」
平成29年5月11日桔梗ヶ原病院リハビリテーション研究会Luncheon seminarを開催しました。講師は当院リハビリテーション科の武田克彦先生。
テーマは「失読」と題し、講演をして頂きましたので、ご講演内容を報告します。
~神経心理学の考え方~
心理活動は、比較的自立した一群の回要素に分解できます。そしてそのように分解された諸々の部分は、脳の別々の部位にある局在的な構造に対応されます。しかし、現在は、脳損傷患者の医学上の診断を補助する役割を担うというより、行動心的操作と大脳の構造との間の分かりやすい関係を確立するという役割を担っています。
神経心理学は、脳が相対的に機能の独立した明確な領域に組織されていることを示唆する、多くの選択的な欠損の存在を確立してきました。このような神経学的障害を持つ患者の研究に由来する知識の蓄積にもかかわらず、行為の障害から正常の脳機能を推定するという問題は、神経心理学の中ではまだきわめて重大な論点となっています。
~認知心理学の考え方~
認知心理学の重要な目的は、心がどのように働くかについて学ぶことにあります。行動を計画すること、友人を見分けること、事実を記憶することのような精神活動と、それを行うこととの間に、どのような過程が行われているかを技術的に定式化することです。
心理学的な事実を理論化するためには、心的(内的)事象の理解がなくてはなりません。システムが機能上個別のものであるなら、両者の特性をテストする実験的な操作に対する応答はそれぞれで異なります。
~認知心理学から認知神経心理学へ~
ヒトの処理システムは、専門的な下位システムを持つコンピュータになぞらえられました。そしてフローチャート樹系図は、過程の様々な段階を描きだすことに使用されました。実験心理学の発展とフローチャートの使用は、正常認知システムの組織の明確な理論の発達を助けました。さらに脳障害患者の観察から得られたデータが用いられ始めました。そして正常で障害のない認知過程の構造についての推定が、障害されたプロセスから導き出されました。
~認知神経心理学の関心~
病的状態そのものには興味がなく、正常な実験参加者の実験結果も、病的なことも同時に理解できるモデルを練り上げるということにあります。正常なモデルに依拠して、その障害パターンが解釈されるかどうかを吟味し、特定のモデルが最適なものとして選択できるかを検討し、そして新しい理論化が必要なのかを検討します。
~神経心理学の目的~
正常認知機能の理論またはモデルを提供し、正常認知機能の一つまたは複数の構成要素の障害という観点から、脳障害患者の行動を説明することです。
~認知神経心理学の 3 つの仮定~
1.モジュールの仮定
複雑な認知機能は、機能的に独立した下位構成要素のシリーズで成り立っています。
Fodor(1983)は、モジュールのいくつかの性質をリストしました。ひとつは、モジュールは領域特性があり、計算論的に自律性があるということです。これは、他のモジュールと注意や記憶などの全体的な資源を共有しないことを意味します。もうひとつは、情報学的に遮断されており、あるひとつの入力だけに反応するということです。これは、そのモジュールが、非常に限られた、前から決まっている情報量にアクセスでき、他の部分で行われているプロセスから全く切り離された、それ自身の処理を行うことを意味します。
2.普遍性の仮定
普遍性の仮定とは、認知機能の構造は普遍的であるということを示します。すなわち、認知システムの機能的構造には個々の重大な変異はないという事です。もし機能的構造が個々人で変わるのなら、一人の患者から他の患者へと推論することは不可能となります。
3.引き算の仮定
病巣が生じることにより新しい認知構造は作り出されず、そして障害された認知システムは、その作用のいくつかが障害されていることを除けば、正常システムと同じです。
~頭頂-側頭葉失読~
頭頂-側頭葉失読では一般に書字障害を伴い、音読の能力と書いてある言語を十分に理解する能力の両方が障害されます。一般に患者は数字も楽譜も読めません。失読と失書に加えて、口頭言語の障害を有しますが、その障害は軽度です。
~後頭葉失読~
Dejerine(1892)によって記載されましたが、この失読の形はしばしば「純粋失読」と呼ばれます。純粋失読の患者は書くことができますが、自分で書いたものを読むことができません。病巣の位置により右半盲が多くの例で認められます。
~前頭葉失読~
前頭葉失読の原因病巣は前頭葉に位置しており、一般的にブローカ失語に伴って起こります。古典的神経心理学はブローカ領域に読字や書字能力におけるどんな役割も割り当てず、それらは角回に割り振られていました。
Lictheim(1885)は、ブローカ失語例で読みの障害があることに気が付いており、この症状複合体は、ブローカ領域の病変(口頭表出の障害を引き起こす)と角回の病変(読みの障害を引き起こす)の2つの異なる病変の結果生じると論じました。
~読字過程モデル~
このモデルは文字素入力辞書、意味システム、音韻表出辞書を経る意味性-語彙性経路を仮定する。非語彙性ルートは、文字素音素変換を利用します。既知語の読みと綴りは、意味性-語彙性経路によって実行されることができます。例えば Chair という単語を読むことは、(C H A I R)という文字の系列が抽象的文字同定システムの中で連続して同定されると仮定することによって説明することができます。
単語は次に文字素入力辞書で認識されます。語彙の表出は意味システムのchairの意味表象にアクセスします。そしてそれは次に、表出のためにchairという単語の音韻表象にアクセスします。これはその時連続する構音のための音素表出バッファーに保持されます。正書-音韻の不規則語を読む場合は、語彙性意味ルートを通らなくてはなりません。Mintと韻が合わないpintのような語の正確な読みのためには、語彙的に作動されなくてはなりません。
正常の読み書きができる人は不規則語を読むことができます。そしてまた新しい単語や文法的な無意味語の音韻的に妥当な発音を与えることができますが、それは語彙経路を通っては達成できません。新しい語や未知の単語を読むことは、構成する書記素の系列を対応する音素の系列に変換することに関係しています。そしてこれが、書記素から音素への変換メカニズムが行っていることです。
~深層失読~
深層失読の最も重要な定義された症状は、非語の読みと意味性錯読の障害です。深層失読は、認知神経心理学の枠組みの中で説明された初めての失読タイプでした。
MarshallとNewcombe(1966,1973)の患者GRの報告によると、彼は単語を読む時に度々意味性の誤りを示しました(illをsick、bushをtreeと読む)。また、2つ目の彼の読字における興味深い現象は、単語の品詞によって影響されることでした(例:名詞は動詞より、より良く読まれる)。
深層失読のその他の特徴は、視覚性エラー(例:wifeをlifeと読む)、派生性エラー(例:entertainをentertainmentと読む)、具象性効果(具体的な語は抽象的な語より良く読まれる)、文法的品詞効果(例:一般的に名詞は動詞より良く読まれる)です。
転換のルールの障害によって、なぜ非語を読むことが困難であるのかということの説明ができ、意味システムの障害によりなぜ意味性エラーを起こすのかを説明できます。しかし、他の症状と機能的障害の間の関係は明白ではありません。
~意味性失読~
意味性失読の数は患者ごとに大きく変化します。そして、深層失語を有すると分類するのに、どのくらい多くの意味性錯読を示す必要があるのかは明らかではありません。
~表層失読~
表層失読は1973年にMarshallとNewcombeによって最初に記述されました。表層失読では、非語の読字ルートは比較的保たれ、語彙-意味ルートが障害されます。患者は非語や規則的な綴りの単語は読むことができます。
不規則語の読みの誤りは、一般に規則化のエラーで成り立っています。もし語彙ルートの間のどこかが障害されるために、印字された単語が音韻性表出辞書に一致した表象を活性化できなければ、下位語彙変換ルートの応用によって、ありそうな音韻性発話をすることになります。患者は、nunとnoneやrouteやrootのような同音の単語を理解することが困難となります。
深層失読と同様に表層失読は均一の症候群ではありません。語彙ルートの障害は正書法入力辞書レベル(あるいはそれへのアクセス)でも、意味システムでも、音韻性表出辞書レベルでも起きうることがあります。
~音韻性失読~
DerouesneとBeauvois(1979)によって初めて記載されました。音韻性失読は非語彙ルートの障害によって起きます。非語の読みは障害され、知っている単語の読みは保たれます。保たれる過程と障害される過程の間の乖離ははっきりしていて、統計的に有意であるはずですが、これまでに公表されたどの例でも乖離は完全ではありません。
以上、武田克彦先生に「失読」をテーマにご講演頂いた内容をご報告します。
次回は平成29年6月22日にご講演をして頂く予定となっています。