第9回「失行~1~」
平成28年5月12日桔梗ヶ原病院リハビリテーション研究会Luncheon seminarを開催しました。
講師は、当院リハビリテーション科の武田克彦先生(第40回 日本高次脳機能障害学会学術総会会長)。
テーマは「失行」と題し、講演をして頂きましたので、ご講演内容を報告致します。
失行
失行とは、運動の大きさ、方向、素早さ、強さというものとは無関係な障害であり、自動性と随意性の解離がある状態のことです。
Liepmannが「運動可能であるにもかかわらず合目的な運動ができない状態」と定義した高次脳機能障害であり、麻痺、失調、了解障害や認知障害がないにも関わらず、指示された運動を誤って行う、手渡された物品を誤って使うといった状態です。
失行は、肢節運動失行、観念運動性失行、観念性失行の3つの型に分けることができます。
肢節運動失行は、左側中心前回、中心後回、上・中前頭回の脚部を含む領域に運動のエングラムがあり、この領域の損傷により起こります。
この領域が完全に障害されると右半身の麻痺、左側では、行為困難となります。
病巣が部分的である際には、右側の肢節運動 失行が生じます。
症状としては、過去に手熟した行為の遂行が困難になります。
例えば、ボタンの掛け外しがうまくできない、本のページがめくれない、紐を結べないなどといったことになります。
観念運動性失行は、中心回の周囲、つまり視覚・聴覚・触覚の各領域からの分離により生じます。
この領域が障害されると、習慣的動作が意図的にできなくなります。
例えば、バイバイ動作、じゃんけんのグーチョキパーの動作ができなくなります。
また、物品を使用した行為の命令動作ができなくなる、運動の模倣ができなくなるとされています。
観念性失行とは、瀰漫性の損傷によるものでありますが、主に頭頂葉‐後頭葉の領域(特に後頭葉とより深い関係性)が障害されることで生じます。
この領域が障害されると、煙草のかわりにマッチの棒を口にくわえてしまう、手紙を封筒に入れて封をするときに、手紙を入れずに封をしてしまうといった症状を認めます。
また、目的にかなった更衣や道具使用の一連の行為動作ができなくなります。
例えば、マッチを擦って煙草に火をつけることができなくなるなどを指します。
上記を踏まえ、臨床でみられる失行症状としては、
① 形をなさない無意味な運動
② 運動が大まかで下手になる
③ 他の意味ある運動との取り違え
④ 一連の運動で、その行為の順番の間違いや省略、道具や対象との関係の間違い
⑤ 運動が全く別の筋にあらわれる
⑥ 無反応や運動の中断
などが挙げられます。
失行以外にも失行様症状を示す症状があります。
麻痺やパーキンソン症状、失調や不随意運動、仮性球麻痺、運動無視、失語による了解障害、視覚失認、認知症、精神疾患が挙げられます。
また、これらの障害を合併している場合もあり、より困難を極めるため、診断はより慎重に行う必要があります。
麻痺やパーキンソン症状では、動かないか常に同じ誤り方をします。
失調や不随意運動では、常に同じ誤り方をします。
仮性球麻痺では、自動的運動はできることがあるのに随意運動ができないということは失行に似ています。
しかし、誤反応は運動の中止、行為としては正しいが不十分な運動となります。
運動無視では、麻痺がないのに動かさない、強く指示をすると正しい運動が可能です。
失語による了解障害では、模範や物品使用は障害されないという特徴があります。
視覚失認では、見たものを呼称することは困難ですが、言語指示によって正しい行為が可能になり、模範も行えます。
認知症では、一般的な知的能力の低下により運動課題に困難さをもたらします。知能検査を参照し有無の確認をします。
精神疾患では、拒否、緊張などにより運動を行わないということがあります。
これらの特徴を理解することで、より正しい失行の鑑別診断が行えます。
失行は、左半球損傷に多く失語を合併している場合が多いため、WAB失語症検査(日本語版)等が用いられます。
内容としては、口頭命令と模倣を行う検査などがあります。これにより失語の重症度や、失行の判別もできると考えられます。
以上、武田克彦先生に「失行」をテーマにご講演をいただいた内容をご報告します。
次回は平成28年6月16日にご講演をしていただく予定となっています。