第42回 ベッドサイドの高次脳機能障害学
第42回 ベッドサイドの高次脳機能障害学
平成31年2月14日、桔梗ヶ原病院リハビリテーション研究会Luncheon seminarを開催しました。講師は、当院リハビリテーション科の武田克彦先生(第40回 日本高次脳機能障害学会学術総会会長)。今回は、「ベッドサイドの高次脳機能障害学」について講演をして頂きましたので、ご講演内容を報告いたします。
~高次脳機能障害の診察~
患者の主訴でどういう障害かわかる。例えば、ある患者に「左手が右手の邪魔をするっていうのですがそんなことってあるのでしょうか」と聞かれた。あなたはベッドサイドに行き、その患者に「左手が邪魔をするというのはいったいどういう事ですか?」と質問をする。患者は「寝ていて右手がシーツをかけようとすると左手がそのシーツをはがそうとするのです」と答えた。
この症状を聴取したことから「脳梁の障害による拮抗失行を呈している」と考えて、脳梁離断の症状を検査する。
~脳梁損傷の原因と脳梁離断症状の代表的な例~
脳梁損傷の原因として、外科的手術(てんかん、腫瘍、血管奇形)、脳血管障害(前大脳動脈梗塞など)、腫瘍(gliomaなど)、変性疾患(多発性硬化症)、脳梁形成異常(低形成、無形成)がある。
脳梁離断症状の代表的な例として、左手の失行、左手の失書、左手の触覚呼称障害、左視野の失読、右手の構成障害が挙げられる。
~分離脳患者とは~
分離脳患者とは、重度のてんかんの治療のために、左右の大脳半球を結ぶ神経線維の束一脳梁一を切断した患者のことを言う。脳梁を切断した患者では、左半球と右半球との間で連絡ができなくなるので、左半球あるいは右半球の機能を別々に調べることができる。
Sperryは、右半球も言語機能を少ないながらももつこと、また左右それぞれの半球が意識をもつことを明らかにした。
~症例A 患者の言わんとすることは何か~
〇症例 A氏 70歳 男性 右利き
〇主訴 いろいろと言われても忘れてしまう
〇現病歴 2年前からいろいろと説明されてもすぐ忘れてしまうようになった
〇初診時の所見
・意識障害はない。運動麻痺、感覚障害はなし。
・年齢は正確に言えるが、本日の日付を誤まる。
・「桜・猫・電車」の復唱はできるが、5分後に言えない。
・「野菜の名前をたくさん言ってください」→1個/分
A氏の問診票に目をやると、「今日はどうして来院されたのか」の質問に対して、A氏は「言われる言葉道ぐ又はほとんとすべてのあんないされることに返事をすることが遅れたりできない」と書いていた。
そこで、本人にもう一度何が覚えられないかを聞くと、「食べ物の名前が覚えられない」とA氏は答えた。
~症例A 病歴を開き直すことが大事~
〇A氏の診察所見
・「野菜の名前をたくさん言ってください」→1個/分
・物品呼称検査を行う
→「眼鏡」「椅子」「ちり紙」「ハンカチ」などは正答できたが、「ボールペン」は「鉛筆」と答えた。「指輪」は答えられずない。「傘」は「からす」と答えるなど誤りがみられた。
・書字の検査を行う
→「毛糸」「灰皿」と書いてくださいと言ってもどちらもできない。
・100-7=93、93-7=84
・順唱は6桁、逆唱は5桁が可能。
・Raven’sCPM 27/36
・その日の朝からの行動をおおよそ言うことができる。
・予約した日に病院へは一人で来ることができる。
・魚釣りが好きでよくしている。
・人格も保たれている。
~症例Aはどういう高次脳機能障害を示しているか~
診察所見から、このA氏はその日の行動を言うことなどは保たれており、エピソードの記憶は障害されていないと考えられる。そうではなくて、物の名前を言ったり、書字を行うことに障害を示していると考えらる。
~失語症とは~
失語症とは、言語を一旦獲得した後に、中枢神経系の一定の領域(言語野)に病変をきたし、口頭言語と書字言語の表出とその理解の両方に、程度の差はあるにせよ障害をきたした状態をいう。末梢の運動器の障害、精神症状、意識障害による言語障害は除外される。
失語症の定義は、①成人の後天的な障害、②脳の器質的な病変に由来する、③話す、聞く、読む、書くの4つの様式すべてに及ぶ障害、④言語のレベルの障害である。
~症例B 患者は必ずしも気づいていない~
〇症例 B氏 72歳 男性 右利き 元大学教授
この方は右側大脳半球後部に比較的大きな梗塞があり、ある病院に入院中である。主治医からは「洋書をベッドでお読みになっています。読みは問題ないと思います」と情報が得られた。
そこでB氏に横書きに書かれた北風と太陽(イソップ)を音読させると、B氏は左側の文字を省略して読んだ。
しかしその後、行った検査についてB氏はだいぶ立腹した。それは読みに問題があると本人は思っていなかった為である。
~半側空間無視とは~
この症候を有する患者は、身体や外空間の一側を無視して行動する。具体的には、歩いていて左側にある物や人にぶつかる、食事の際に左にある物を食べ残す、顔の右側だけ髭を剃るなどの症状がみられる。
半側空間無視の検査法は、線分二等分テスト、末梢テスト、模写、横書きに書かれた文章を読ませるなどがある。
~症例C いろいろな病態を頭に浮かべて診察しよう~
〇症例 C氏
〇問題 透析のベッドに戻れなくなった
〇経過 ある時から、透析を終えて自分のベッドにもどることができなくなったことが観察された。会話にも問題がなく、知的にも問題がないようにみえるため、コンサルトされた。
〇診察 視力と視野を測った際に、右側の半盲があることが分かった
~地誌的障害とは~
病院内で病室内を離れると戻ることができない。病室に戻ってもそこが自分の部屋かは確信が持てないでいる。知っている所であっても地図の道を辿れないことがある。
~街並失認と道順障害~
地誌的障害を症候と病巣の違いから街並失認(agnosia for streets or landmark agnosia)と道順失認(defective root finding or heading disorientasion)の2つに分類されている。
前者は街並(建物・風景)の同定障害に基づくものであり、視覚性失認の一型と考えられる。後者は広い地域内における自己や、離れた他の地点の空間的定位障害であり、視空間認知に含まれる。(高橋信佳 町を歩く神経心理学 2009)
~純粋失読について~
自発発話や復唱、聴覚理解、自発書字や書取りは正常であるにも関わらず、読字だけが障害されている。単一の文字の同定が出来ない場合もある。また、単一の文字の同定が出来ても、その処理は遅く全体を読む読み方で単語を読むことが出来ない。純粋失読を有する患者は自分の書いた文を後で読み返して読むことが出来ない。
~高次脳機能障害診察~
文字を読ませたところ、読むことが出来なかった。MRIでは、左後大脳動脈領域の梗塞を認めた。ベッドに戻れないのは自分の名前の書かれた文字が読めないため、自分のベッドだと分からないと判断された。
以上、武田克彦先生に「ベッドサイドの高次脳機能障害学」をテーマにご講演頂きました。次回は、平成31年3月14日に講演して頂く予定となっております。
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