第50回 記憶について
令和元年10月17日、桔梗ヶ原病院リハビリテーション研修会Luncheon Seminarを開催しました。講師は当院リハビリテーション科の武田克彦先生。テーマは「記憶について-忘却とは忘れ去ること-」と題し、講演をして頂きましたので、ご講演内容を報告します。
1、症例HMの手続き記憶
・HMは携帯ラジオや車椅子の使い方などはすぐにマスターできた。
・運動技能の記憶に関与する部位は、小脳をめぐる神経回路が考えられている。
・また運動技能などの練習の積み重ねで獲得される習慣の記憶に関与するのは大脳基底核ではないかとも言われている。
2、側頭葉内側の構造と記憶
・HMの検討から、両側側頭葉内側の損傷が記憶障害を生じることが明らかになった
・この側頭葉内側には海馬などいくつかの解剖学的構造がある。それら分かれた領域がどのように記憶に関与しているのかはまだ問題として残っている。
3、ヘルペス脳炎で障害される部位
・障害されやすいのは両側の側頭葉の内側、前頭葉の一部
・記憶障害や失語が起きやすいと言われている
4、コルサコフ症とHM
・健忘の速度は、HMの方がコルサコフより速い。
・コルサコフ症の患者は逆性健忘が短期間ではなく数十年に及ぶことがある。
・両者とも技能の習得に問題ない。
・コルサコフ症では作話がある。
5、症例NA(視床背内側病変)
22歳の時、フェンシングの剣が右鼻腔から左上方に向かって突き刺さった。症状として、傾眠傾向、右動眼神経麻痺、両眼上転障害、構音障害、右片麻痺、右半身感覚鈍麻を認めた。
術後から重度の記憶障害を認める。
WAIS:99(3年後120)WMS:64(3年後96)
言語性記憶障害を認め、顔の記憶、記憶障害に対する病識は保たれていた。
病変は画像より左視床背内側が指摘され、MRIでは左視床内側髄板、内側核腹側部、前腹側核、視床枕、乳頭体核、中脳上丘、右側頭葉部、扁桃体にも及んでいた。
6、両側のborebrainを中心とした限局性の脳梗塞により著明な記憶障害と作話を来した症例(前脳基底部病変)
症例:39歳 男 右利き 予備校講師
主訴:記憶障害 既往歴:31歳心筋梗塞 家族歴:特になし 教育歴:大学院卒
現病歴:1988年10月4日歓談中意識消失。約1分後意識を回復する。その直後から記憶障害のあることに気付かれる。同年11月1日東大病院に精査入院。
入院時現症:心房細動あり、神経学的に意識鮮明、記憶障害あり、失語失行失認なし、視野障害なし、運動麻痺なし、感覚障害なし。
WAIS VIQ120 PIQ100 TIQ110
Raven’s Progressive Matrices Test:IQ約100相当
逆行性健忘:
大学院書卒業頃までの記憶はほぼ良い。それ以降(15年前)の記憶は次第に曖昧となる。心筋梗塞後(8年前)の記憶は極めて悪い。
前向性健忘:
・採血等痛みを伴う検査や食事の内容を15~30分後にはまったく憶えていない。
・5分後の3語の想起は0
・入院中の病院の名、主治医の名等を憶えられず、現在の日時も誤って答える。
作話:
・入院中に“食事は?”と問うと、“家で2膳食べました”と答える。
・診察中、急に”私は3時から約束がありますので”と出かけようとする。
病院より突然いなくなったことあり。病識は欠如している。
WCST:学習後のカテゴリー達成0
結語:
両側のborebrainを中心とした限局性の脳梗塞により著明な記憶障害と作話を来した症例を報告した。海馬、支障以外にbasal forebrainの障害により記憶障害が起きる。
7、場所細胞
・O’Keefeらは、ラットの海馬の細胞活動について微小電極用いて計測したところ、特定の場所で特定の方向を向いたときだけに活動するニューロンが存在することを見出し、次いで、特定の場所を通り抜けるときに主に活動することが解明され「場所細胞」(place cell)と名付けた。
以上、武田克彦先生に「記憶」についてご講演いただいた内容を報告します。次回は、令和元年11月21日に「遂行機能」について、武田克彦先生にご講演をしていただく予定となっています。
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