脳血管障害(通常版)
Ⅰ. 病気と運転
Ⅰ-1.法律改正の経緯
Ⅰ-1-A.近年の法律改正
道路交通取締法の廃止に伴い、1960年(昭和35年)に道路交通法が施行されました。しかし、施行当初における運転免許の対象者は健常者を想定しており、①病気,②認知症,③高齢化への対策は十分とは言えず、課題の残るものでした。
以前の道路交通法では、精神病者,精神薄弱者,てんかん病者,目が見えない者,耳が聞こえないものまたは口がきけない者,政令で定める身体に障害のある者,アルコール・麻薬・あへん・覚醒剤の中毒者については、絶対的欠格事由として運転免許を与えないこととされていました。
2002年(平成14年)6月に道路交通法が改正され、上記病気は絶対的欠格事由から相対的欠格事由へと変更されました。その結果、運転免許について、病名により一律に禁止するのではなく、病気の症状が自動車運転に支障を生じるかどうかを見極めて免許習得の可否を個別に判断することになりました。
※欠格事由とは
欠格とは「資格習得に必要な条件を満たせず資格の習得ができないこと」です。また、欠格となる理由のことを欠格事由と言います。
※絶対的欠格事由と相対的欠格事由のちがい
絶対的欠格事由とは「欠格事由に該当するといかなる場合であっても資格の習得ができない理由」のことです。一方で、相対的欠格事由は「欠格事由に該当してもケースバイケースで判断されるため、資格の習得ができることもあればできないこともある理由」となります。
Ⅰ-1-B.道路交通法の改正 ~ 一定の病気等について
2011年(平成23 年)4 月に栃木県鹿沼市において、運転手がてんかん発作により運転中に意識消失を来し、クレーン車が歩道を歩いていた通学中の児童の列に突入して6 名が死亡するという交通事故が発生しました。事故を起こした運転手は過去2年の間にてんかん発作があり、運転免許の取得ができない状態であるにも関わらず、てんかん発作があることを申告せずに運転免許を更新していたことが明らかとなりました。
その後、「一定の病気等に係る運転免許制度の在り方に関する有識者検討会」を設置し、「一定の症状を呈する病気等に係る運転免許制度の在り方に関する提言」を取りまとめた上で、2014年(平成26 年)6 月に道路交通法が改正され、一定の病気等に係る運転者対策の推進を図るための規定が整備されました。
Ⅰ-1-C.道路交通法の改正(2014年)
2014年(平成26年) 6月に道路交通法が改正され、脳血管障害は「自動車等の安全な運転に支障をおよぼすおそれがあり、運転免許の取り消しまたは停止の理由となる病気(一定の病気等)」に該当することが明示されました。
また、一定の病気等に係る運転者対策として,①公安委員会の質問制度と虚偽記載に関する罰則の整備,②医師による公安委員会への任意の届け出制度が整備されました。
①公安委員会の質問制度と虚偽記載に関する罰則の整備
運転免許の取得時や更新時に、公安委員会(免許センター)は一定の病気等についての質問を行います。一定の病気等があるにも関わらず虚偽の回答をし、免許を取得または更新した者は、1年以下の懲役または30万円以下の罰金刑を受けることになります。
②医師による公安委員会への任意の届出
一定の病気等のある患者を診察した医師は、患者の診断結果を公安委員会に任意で届け出ることができます。
Ⅰ-2.一定の病気等
一定の症状を呈する病気等に係る運転免許制度の在り方に関する提言の中に、「一定の症状を呈する病気等(一定の病気等)」という用語の定義が記載されています。
一定の病気等とは「自動車等の安全な運転に支障をおよぼすおそれがあり、運転免許の取り消しまたは停止の理由となる病気」であり、①道路交通法第90条および第103条,②道路交通法施行令第33条の2の3,③警察庁の一定の病気に係る免許の可否等の運用基準によって規定されています。
厳密に法律を解釈すると、一定の病気とは「統合失調症,てんかん、再発性の失神、無自覚性の低血糖症、そううつ病、重度の眠気の症状を呈する睡眠障害、その他の精神障害、脳卒中、認知症」であり、一定の病気等とは「一定の病気にアルコール、麻薬、大麻、あへんまたは覚醒剤の中毒を加えたもの」と定められています。
Ⅰ-3.法律的解釈
道路交通法において、脳血管障害は一定の病気等に該当します。脳血管障害により自動車の安全な運転に支障を生じる状態で自動車を運転して交通事故を起こすと、自動車運転死傷行為処罰法で罰せされます。そこで、脳血管障害の発症後に運転再開をする場合、事前に免許センター(公安委員会)の運転適性相談を受けることが推奨されています。
Ⅰ-3-A.自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(別称.自動車運転死傷行為処罰法)
以前は刑法第208条の2に、危険運転致死傷罪として「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させ、よって、人を負傷させた者は15年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は1年以上の有期懲役に処する」と規定されていました。しかし、当時の危険運転致死傷罪の条件は極めて厳格であったため、法廷の場において立証することが難しく危険運転致死傷罪が適用されないという課題がありました。そこで、刑法における危険運転致死傷罪を改正したものが、2014年(平成26年)5月に施行された自動車運転死傷行為処罰法となります。
自動車運転死傷行為処罰法では「自動車の安全な運転に支障を生じるおそれがある病気であって、その状態であることを自分でも分かっていながら自動車を運転し、病気の影響で正常な運転が困難な状態になり、人を死亡または負傷させた場合」に危険運転致死傷罪が適用され、人を死亡させたときは15 年以下の懲役、負傷させたときは12 年以下の懲役に処されることになります
Ⅰ-4.現在の課題
Ⅰ-4-A.医療機関で運転再開を判断する際、ガイドラインに基づく共通の判断基準が存在しないこと
2014年(平成26 年)の道路交通法の改正により、自動車等の安全な運転に支障をおよぼすおそれのある病気(一定の病気等)が明確化されました。また、警察庁による一定の病気に係る免許の可否等の運用基準では、具体的疾患・症状について運転免許の可否の基準が示されており、医師が「自動車等の安全な運転に必要な認知、予測、判断又は操作のいずれかに係る能力を欠くこととなるおそれのある症状を呈していない」と診断した場合は運転の継続が可能とされています。
一方で、学会やガイドラインにより運転再開が可能となる判断基準は公表されておらず、医療機関において運転再開を判断する共通基準が存在しないため、現場の医療従事者に運転再開の判断がゆだねられていることが課題となっています。
Ⅱ.脳血管障害後の運転再開の流れ
Ⅱ-1.一般的な運転再開の流れ
道路交通法において脳血管障害は一定の病気等に該当するため、運転免許の有効期限の期日に関わらず,運転再開の前に免許センター(公安委員会)の運転適性相談を受けることが推奨されています。
はじめに免許センターによる運転適性相談を受け、次に医療機関において診断書の作成を行います。その後、医師による診断をともに免許センターが運転再開の可否についての最終判断を行います。
Ⅱ-2.自動車運転に必要となる基準
Ⅱ-2-A.道路交通法の定める運転適性検査の基準
a.視力
- 両眼で0.7以上、かつ一眼でそれぞれ0.3以上の視力があること(眼鏡やコンタクトレンズの使用可能)。
- 一眼で0.3に満たない場合あるいは一眼が見えない場合は、他眼の視野が左右150度以上かつ視力が0.7以上であること。
b.色彩
- 赤色、青色、黄色の識別ができること。
c.聴力
- 両耳を用いて日常会話を聴取することができ、聴力が10mの距離で90デシベルの警音器の音が聞こえること(補聴器の使用可能)。
d.運動能力
- 自動車の安全な運転に必要な認知または操作に支障をおよぼすおそれのある四肢または体幹の障害がないこと。
- 四肢または体幹の障害があるが、運転補助装置の利用により自動車等の安全な運転に支障をおぼすおそれがないと認められること。
Ⅱ-2-B.その他の運転再開に関わる判断基準
a.半盲がないこと,半側空間無視がないこと
b.言語機能
重度の失語症がなく、道路標識と交通規則を理解することができ、交通事故の際に救急車を呼ぶことや状況説明を行うなどの適切な対応が可能であること。
c.高次脳機能障害
一定の病気に係る免許の可否等の運用基準では、脳卒中の慢性化した症状として「見当識障害、記憶障害、判断障害、注意障害等は認知症に係る規定等に従うこととする」と規定されています。また、道路交通法における認知症とは「脳血管疾患、アルツハイマー病その他の要因に基づく脳の器質的な変化により日常生活に支障が生じる程度にまで記憶機能及びその他の認知機能が低下した状態」と定義されています。以上より、現在の法律を総合的に判断すると、高次脳機能障害は「その他の要因に基づく脳の器質的な変化により日常生活に支障が生じる程度にまで記憶機能及びその他の認知機能が低下した状態」であり、その他の認知症に該当することになります。
また、高次脳機能障害において自動車運転に必要となる基準は「認知症に相当する程度の意識障害、見当識障害、記憶障害、判断障害、注意障害等がないこと」であり、一定の病気に係る免許の可否等の運用基準における①脳卒中の発作により生じるおそれのある症状,②その他の認知症によって規定されています。
※道路交通法における認知症については「認知症-Ⅰ-2-C.道路交通法における認知症(運転支援ホームページ)」をご参照ください。
Ⅲ.当院における運転支援
Ⅲ-1.過去の経緯
1983年(昭和58年)に、桔梗ケ原病院は長野県塩尻市において医療を開始いたしました。その後、2004年(平成16年)に桔梗ケ原病院に回復期リハビリテーション病棟が開設され、当院におけるリハビリテーションの礎が築かれました。
2014年(平成26 年)に道路交通法が改正され、自動車等の安全な運転に支障をおよぼすおそれのある病気(一定の病気等)が明確化されました。車社会である長野県では社会復帰のために自動車運転が必須と考えて、当院において脳血管障害者の運転支援を開始しました。運転支援を開始するにあたり医療機関においてどのようにして運転技能の評価を行うかが課題となり、同年10月に近隣教習所と話し合いを行い、教習所において教習車を用いた実車評価を行うことになりました。
脳血管障害者の運転支援にたずさわる中で、高次脳機能障害に対する運転適性の評価が課題となりました。高次脳機能障害の症状は多岐にわたり、外見からは障害があることがわかりにくく「見えにくい障害」と言われることから、医療機関において運転技能の評価を行うことが理想と考えて、当院においてドライブシミュレーターを導入しました。2015年(平成27年)に簡易自動車運転シミュレーター(SiDS)、2016年(平成28)にHondaセーフティナビを導入し、ドライブシミュレーターを用いた脳血管障害者の運転支援を開始しました。
ドライブシミュレーターを用いた運転支援を行う中で、ドライブシミュレーターには①運転技能の評価,②運転技能の再獲得や運転習慣の再学習のための訓練機器としての意義があるものと考えました。その後、2017年(平成29年)からドライブシミュレーターを用いた自動車運転リハビリテーションプログラム(以下.運転リハビリテーション)の運用を開始しました。
ドライブシミュレーターを用いた運転リハビリテーションを行う中で、①ドライブシミュレーターによる指導方法が統一されていないこと,②安全確認の指導の際に患者がどこを見て運転しているかの把握ができないこと,③リハビリテーションに用いる訓練機器(ドライブシミュレーター)が不足していることが課題となりました。そこで、2018年(平成30年)9月に患者の視線を表示する機器(アイトラッキング)を導入、10月に訓練機器であるドライブシミュレーターを増設して、現在当院ではHondaセーフティナビ2台体制による運転支援を行っています。
Ⅲ-2.当院における運転支援
Ⅲ-2-A.運転支援の意義
当院における運転支援には➀自動車運転リハビリテーション(以下.運転リハビリテーション),②運転適性の評価の2つの意義があります。
病気の後遺症に対してリハビリテーションを行い、機能回復により運転の可能性を高めた後に、残存する機能で運転再開が可能か否かを判断します。脳血管障害者に対する一般的な運転再開の流れである「Ⅱ-1.一般的な運転再開の流れ」と比べて、当院における運転支援では脳血管障害発症後の機能回復に重点を置くことが特徴となります。
Ⅲ-2-B.外来診療と入院診療
当院における運転支援には➀入院診療,②外来診療の2つの方法があります。
入院診療による運転支援では、運転リハビリテーション、運転適性の評価の両者を行います。しかし、外来診療では時間的な制限により運転リハビリテーションを行うことは困難であり、外来診療における運転支援では主に運転適性の評価を行っています。
Ⅲ-2-C.自動車運転リハビリテーション
a.自動車運転リハビリテーションとは?
運転リハビリテーションとは「病気の後遺症により自動車の安全な運転に支障を来した患者に対して、運転再開を目的として行われるリハビリテーション」と定義されます。
当院における運転リハビリテーションの特徴は、①運転再開に導くための段階的な専門訓練プログラム(以下、運転訓練プログラム)、②ドライブシミュレーター(Hondaセーフティナビ)を用いたリハビリ訓練となります。
確かにドライブシミュレーターを用いたリハビリ訓練の意義は大きいですが、ドライブシミュレーターによるリハビリ訓練のみで運転再開を達成することは困難であり、運転リハビリテーションでは運転再開に導くための運転訓練プログラムが重要となります。
b.運転再開に導く段階的な専門訓練プログラム
病気の後遺症の中で、運転再開の課題となるものに身体障害、高次脳機能障害があります。当院では後遺症に対してリハビリテーションを行い、機能回復により運転の可能性を高めた後に、残存する機能で運転再開が可能か否かを判断します。
機能回復を目的としたリハビリテーションでは、残存する能力に応じた適切な難易度の訓練を行うことで、患者は機能回復の階段を一歩一歩のぼってくことができます。運転リハビリテーションにおいて達成すべき目標は①身体障害の改善、②高次脳機能障害の改善、③運転能力の再獲得の3項目であり、➀ → ② → ③の順序で段階的なアプローチを行います。
第一の目標は①身体障害の改善となります。病院の発症前は毎日の生活を自分一人で行うことができましたが、病気の発症後は寝起き・歩行動作・トイレ動作とさまざまな行動に制限を受けます。一日でもはやく全ての制限をなくしたいという気持ちはわかりますが、寝たきりの状態で直ちに運転を再開するのは困難であり、まずはじめに身体障害のリハビリテーションを行い、手足の機能を改善させます。
第二の目標は②高次脳機能障害の改善となります。運転では認知 → 判断 → 操作のプロセスを繰り返し行っており、より複雑な認知機能が必要となります。身体障害が改善した後に、記憶障害・注意障害・遂行機能障害をはじめとした高次脳機能障害のリハビリテーションを行い、運転能力の再獲得のための基盤作りを行います。
最後の目標は③運転能力の再獲得となります。身体障害および高次脳機能障害が改善した後に、ドライブシミュレーターを用いたリハビリテーションを行い、運転能力の再獲得を行います。当院ではドライブシミュレーターのコースに難易度を設定し、患者の回復段階に合わせた訓練コースを提供することにより、運転技能の再獲得と運転習慣の再学習のための訓練を行っています。
Ⅲ-2-D.運転適性の評価
当院において①身体機能の評価,②神経心理学的検査,③ドライブシミュレーターによる評価を行います。その後、連携機関において④視力・視野検査,⑤教習所による実車評価,⑥免許センターで運転適性相談を行います。
①~⑥の結果、運転再開が可能と判断された場合、医師が診断書を作成した後に運転再開が可能となります。
※連携機関として、まつだアイクリニック、信州塩尻自動車学校、中南信免許センターがあります。連携機関での評価のために、診療情報の提供が必要となります。
Ⅲ-3.運転支援のポイント
Ⅲ-3-A.法律的課題
a.医療機関で運転再開の判断をする際に、学会やガイドラインにより運転再開が可能となる基準が定められていないこと
※詳細については「脳血管障害-Ⅰ-4.現在の課題(運転支援ホームページ)」をご参照ください。
Ⅲ-3-B.当院における運転支援
a.運転再開のための判断基準に視力・視野があり、専門機器による評価(他院眼科の受診)が必要となります。
※詳細については「脳血管障害-Ⅱ-2.自動車運転に必要となる基準(運転支援ホームページ)」をご参照ください。
b.教習所の実車評価は、麻痺や失調などの身体障害の評価に優れています。
c.ドライブシミュレーターは①運転技能の評価,②運転技能の再獲得や運転習慣の再学習のためのリハビリテーション機器としての意義があります。
d.当院における運転支援プログラムは脳血管障害発症後の機能回復に重点を置き、①神経心理学的検査,②ドライブシミュレーターを用いた独自の運転リハビリテーションプログラムを提供しています。
Ⅳ.自動車の改造
Ⅳ-1.運転補助装置 ~ 当院における導入事例より
病気の後遺症の中で、運転再開の課題となるものの1つに身体障害があります。リハビリテーションを行った後に身体障害の後遺症が残った場合、当院では運転補助装置を用いた運転支援を行っています。
運転補助装置とは「身体障害により自動車の安全な運転が困難である場合に、運転操作を補助するために取り付ける装置」のことであり、自動車の改造を行った後に、福祉改造車両として陸運局への届け出が必要となります。
以下に過去に当院で行った運転支援の実例を示します。
Ⅳ-1-A.旋回ハンドル
Ⅳ-1-B.左足ペダル
Ⅳ-1-C.手動装置
※当院ではフジオートの協力を得て、運転補助装置を用いた運転支援を行っています。また転補助装置の画像はフジオートホームページより引用しており、運転補助装置の詳細についてはこちらをご参照ください
Ⅳ-2.自動車運転に必要となる基準
Ⅳ-2-A.身体障害者における運転再開の条件
身体障害者に対する免許の取消・停止の基準は「自動車等の安全な運転に支障を及ぼすおそれがある身体の障害」であり、➀道路交通法第103条第2項,②道路交通法施行令第38条の2の4によって規定されています。
身体障害における運転再開の条件(身体障害者の免許の取消・停止の除外規定)は 「身体の状態に応じて、運転免許に条件をつけることにより、運転する能力が回復すること」であり、①道路交通法第91条,②道路交通法施行令第38条の2の4によって規定されています。
Ⅳ-2-B.公安委員会の定める運転適性検査の基準
身体障害者の運転再開に際して「公安委員会は身体の状態に応じて、自動車の種類を限定し、運転免許に条件をつけることができる」とあり、道路交通法第91条によって規定されています。
また、身体障害者に対する運転免許の条件としてAT車に限る,左アクセルに限る,手動式に限る等があり、警察庁の「身体障害者に対する適性試験(運動能力)実施の標準について」により基準が規定されています。
Ⅳ-3.自動車改造費の助成
身体障害者が自動車の改造を必要とする場合、1車両につき10万円を限度として、市町村より自動車改造費の助成を受けることができます。
助成の対象は➀身体障害者手帳を所有する人、②自動車の運転に際して運転装置の一部を改造する必要がある人、③前年の所得税課税所得金額が特別障害者手当の所得金額を超えない人となります(➀ ~ ③のすべてを満たす必要があります)。
助成の申請には➀運転免許証,②車検証,③身体障害者手帳,④改造部分の見積書,⑤改造部分の説明書(改造部品のカタログ),⑥改造前の写真,⑦印環が必要となります。なお、助成の申請は自動車の改造前に行わなければならないことに注意してください。
Ⅴ.運転免許の自主返納と運転経歴証明書
運転免許の自主返納制度とは、身体機能の低下や判断力の低下により安全な自動車運転ができない場合に、有効期限の残っている運転免許証を自分の意思により返納する制度のことです。
免許の自主返納を行うと、①運転経歴証明書の交付,②市町村ごとに決められた自主返納による優遇措置を受けることが出来ます。
運転経歴証明書は、①過去に運転免許を保有していたこと、②所有していた免許の種類を証明するもので、運転免許証と同様に公的な身分証明書として使用できますが、自動車を運転することはできません。
※市町村ごとに決められた自主返納による優遇措置については「「免許返納による特典(長野県)」、「運転免許自主返納者に対する支援施策(長野県)」をご参照ください。
Ⅵ.過去実績
Ⅵ-1.当院における運転支援
Ⅵ-1-A.運転支援者数の推移
過去に入院診療と外来診療で実施した運転支援の合計を示します。ここ数年、コロナウィルス感染症の影響で年間50名程度に留まっていましたが、2023年は年間の運転支援者93名と急増しました。
また、ここ数年は専門外来としての運転支援に対する需要の増大があり、2022年以降は入院診療と比べて外来診療における運院支援が多い傾向を認めます。2023年における運転支援外来を受診した患者は62名となり、はじめて年間の運転支援者が50名を超えました。
外来診療における運転支援が増加している理由として①当院が認知症疾患医療センターと高次脳機能障害拠点病院を併設するため大人の運転支援を幅広く行っていること,②免許センターから診断書の作成依頼が増加していること,③他の医療機関からの紹介(セカンドオピニオン)が増加していることがあります。
Ⅵ-1-B.運転支援の結果➀全体(入院診療および外来診療)
2019年1月1日から2023年12月31日までの5年の期間において、入院診療と外来診療を合わせた運転支援者の合計は320名でした。また、その後の運転支援により、運転可能となった患者は119名(運転再開率37.2%)でした。
一方で、同期間にドライブシミュレーターを用いた①運転適正の評価,②自動車運転リハビリテーション(以下.運転リハビリテーション)を実施した患者は71名でした。その後、ドライブシミュレーター実施後に運転可能となった患者は52名(運転再開率73.2%)でした。前年の報告ではドライブシミュレーター後の運転再開率79.3%であり、本年(2023年12月31日まで)の報告では運転再開率の見た目上の低下を認めました。
ドライブシミュレーター後の運転再開率が低下した理由として、近年当院におけるドライブシミュレーターの評価基準が定まったことで、ドライブシミュレーターを運転適性の評価に用いるケースが増えたことがあります(相対的にドライブシミュレーターを運転リハビリテーションに用いるケースが低下したためとなります)。
Ⅵ-1-C.運転支援の結果③外来診療のみ
2019年1月1日から2023年12月31日までの5年の間に、外来診療において運転支援を実施した患者は166名でした。
また、近年当院におけるドライブシミュレーターの評価基準が定まったことで、外来診療においてドライブシミュレーターを運転適性の評価に用いるケースを認めるようになりました。2023年1月1日から2023年12月31日までの1年の間に、外来診療においてドライブシミュレーターを実施した患者は3名でした。
外来診療における運転支援者の診断名,運転適性評価の結果を示します。原因となった病名は①認知症が多く,②脳血管障害が全体の1/3を占める(35.5%)ことが特徴です。また、運転適性評価により運転継続となった患者は62名(37.3%)でした。
外来診療において運転支援を行った患者に脳血管障害が多い理由として①当院が認知症疾患医療センターと高次脳機能障害拠点病院を併設していること,②脳血管障害者に対する運転支援・運転リハビリテーションを実施していることがあります。
Ⅵ-1-D.運転支援の結果②入院診療のみ
2019年1月1日から2023年12月31日までの5年の間に、入院診療において運転支援を実施した患者は159名でした。また、その後の運転支援により、運転可能となった患者は55名(運転再開率34.6%)でした。
運転支援には➀運転リハビリテーション,②運転適性の評価の2つの意義があります。入院診療による運転支援では、病気の後遺症に対してリハビリテーションを行い、身体障害や高次脳機能障害が改善した後に、ドライブシミュレーターによる運転リハビリテーションを実施しています。言いかえると、入院リハビリテーションによる機能回復の過程が、運転リハビリテーションを実施した患者の運転再開率を高めていると言えます。
同期間における運転支援者を➀若年者(64歳以下),②高齢者(65歳以上)に分けて検討しました。若年者の運転再開率49.2%,高齢者の運転再開率24.5%と、若年者において運転再開率が高い傾向を認めました。
Ⅵ-1-E.運転再開後の調査運転再開後の調査
2015年1月1日から2022年12月31日までの7年の間に運転を再開した患者を対象として、運転再開1年後に運転習慣についての聞き取りを行いました。当院の運転支援により運転再開が可能となった人の運転継続率は93.5%でした。
Ⅵ-2.学会発表
Ⅵ-2-A.2024
Ⅵ-2-B.2023
- 第60回日本リハビリテーション医学会学術集会(2023年6月30日,7月1日)
「ドライブシミュレータ機器(ハンドル)改造の試み」(抄録/スライド)
「視野障害患者に対するレーザーポインターを使用した視覚代償訓練について」(抄録/スライド)
「視野欠損が運転時の視空間に与える影響について」(抄録/スライド)
「視野欠損に対する代償動作(視覚探索)を獲得して運転再開に至った1症例」(抄録/スライド) - 第12回日本視野画像学会学術集会(2023年5月21日)
「視野障害者における運転時の視野可視化の試み」(抄録/スライド)
Ⅵ-2-C.2022
- 第6回日本安全運転医療学会学術集会(2022年12月17日)
「脳炎後に記銘力低下をきたした患者に対する運転支援を行った1症例」(抄録/スライド)
「視野障害者における運転時の視野可視化の試み」(抄録/スライド) - 第46回日本高次脳機能障害学会学術総会(2022年12月3日)
「健常ドライバーにおける運転時の視野可視化の試み」(抄録/スライド) - リハビリテーション・ケア合同研究大会苫小牧2022,大会企画シンポジウム3「高次脳機能障害者の運転支援の実践」(2022年10月1日)
「ドライブシミュレーターを用いた運転支援」(抄録/スライド) - 第59回日本リハビリテーション医学会学術集会(2022年6月24日および6月25日)
「ドライブシミュレーターを用いた運転リハビリテーション訓練ソフト「ランダムソフト」の特徴について」(抄録/スライド)
「脳出血後に身体障害を認めた患者に対してランダムソフトを用いた運転リハビリテーションを行った1症例」(抄録/スライド)
「半盲患者に対して運転支援を行った1症例」(抄録/スライド)
Ⅵ-2-D.2021
- 第5回日本安全運転・医療研究会(2021年12月5日)
「Hondaセーフティナビ「ランダムソフト」の特徴について」(抄録/スライド)
「Hondaセーフティナビ「ランダムソフト」を用いて運転リハビリテーションを実施した1症例」(抄録/スライド)
「脳出血後に視覚性運動失調を来した患者に運転支援を行った1症例」(抄録/スライド) - 第2回web会議システムで医療機関をつないだ運転支援の症例検討会(2021年11月6日)
「1/8半盲患者に対して運転支援を行った1症例」(スライド)
Ⅵ-2-E.2020
- 第1回web会議システムで医療機関をつないだ運転支援の症例検討会(2020年10月31日)
「運転支援プログラムを用いて超高齢者の自己フードバックを行った1症例」(スライド)
「半盲と半側空間無視を来した患者に対して運転支援を行った1症例」(スライド)
Ⅵ-2-F.2019
- 第4回日本安全運転・医療研究会(2019年12月13日)
「失語症者に対し運転支援を実施した1例」(抄録/スライド)
「特殊車両に対する運転支援」(抄録/スライド) - 第6回運転と作業療法研究会(2019年11月10日)
「運転再開に至った左半側空間無視の一症例」(抄録/スライド)
「DSと実車評価の違いに ついての検討」(抄録/スライド) - 第56回日本リハビリテーション医学会学術集会(2019年6月13日,6月14日)
「ドライブシミュレータ評価前の慣らし運転についての検討」(抄録/スライド)
「ドライブシミュレーターを⽤いた⾃動⾞運転リハビリテーション治療(driving rehabilitation)」(抄録/スライド)
「難易度設定に基づいた段階的運転リハビリテーション治療」(抄録/スライド)
- 第3回目日本安全運転・医療研究会(2019年1月27日)
「運転支援により大型二輪車の再開が可能となった一例」(抄録 / スライド)
「ドライブシミュレーターを用いた自動車運転リハビリテーション(driving rehabilitation)」(抄録 / スライド)
「難易度設定に基づいた階段的運転リハビリテーション」(抄録 / スライド)
Ⅵ-2-G.2018
- 第55回日本リハビリテーション医学会学術集会(2018年7月2日)
「ドライブシミュレーターを用いた自動車運転リハビリテーション(driving rehabilitation)」(抄録) - 第60回日本老年医学会学術集会(2018年6月14日)
「高齢入院患者における運転再開の現状について」(抄録) - 第19回長野県言語聴覚士会分科会(2018年5月20日)
「長野県における脳血管障害者への運転支援活動」(抄録) - 第67回日本老年医学会関東甲信越地方会(2018年3月3日)
「入院を契機にせん妄を来した高齢患者に対する運転再開の取り組み」(抄録) - 第2回日本安全運転・医療研究会(2018年1月21日)
「当院における2年間の運転支援 ~若年者と高齢者を比較して~」(抄録)
「退院後の長期支援により運転再開となった症例」(抄録)
「ドライブシミュレーターを用いた自動車運転リハビリテーション(driving rehabilitation)」(抄録)
「脳幹梗塞を発症し注意障害を呈した症例に対し運転支援を行い大型車の運転再開に至った症例の報告」(抄録)
- 第323回木曽医師会臨床談話会(2018年1月16日)
「道路交通法の解釈と運転支援」
Ⅵ-2-H.2017
- 塩筑医師会病院視察・学術講演会(2017年10月14日)
「生活を支えるリハビリテーション~生活期のリハビリテーション・運転支援」 - 第60回日本老年医学会学術集会(2017年6月15日)
「入院患者における運転再開の現状について」(抄録) - 第一回自動車運転に関する合同研究会(2017年1月21日)
「2015年度 当院入院患者における運転再開支援の現状」
Ⅵ-3.研修会
Ⅵ-3-B.2023
Ⅵ-3-C.2022
- ウェブセミナー(2022年8月6日)
「ドライブシミュレーターを用いた運転支援(第3回) ~ 視野障害者に対する運転支援」(開催のお知らせ/参考資料/研修会動画1/研修会動画2/研修会動画3) - ウェブセミナー(2022年3月12日)
「視覚障害(半盲,半側空間無視)と自動車運転についての研修会」(開催のお知らせ/参考資料/研修会動画1/研修会動画2)
Ⅵ-3-D.2021
- ウェブセミナー(2021年11月6日)
「第2回web会議システムで医療機関をつないだ運転支援の症例検討会」(開催のお知らせ/参考資料/ショートレクチャー動画) - ウェブセミナー(2021年8月7日)
「ドライブシミュレーターを用いた運転支援(第2回) ~ ドライブシミュレーターを用いた運転リハビリテーション」(開催のお知らせ/スライド/研修会動画1/研修会動画2)
Ⅵ-3-E.2020
- 認知症研修会(2020年12月7日)
「認知症と自動車運転」(開催のお知らせ/スライド/研修会動画) - ウェブセミナー(2020年11月29日)
「ドライブシミュレーターを用いた運転支援 ~ Hondaセーフティナビの使い方について」(開催のお知らせ/スライド/研修会動画1/研修会動画2/研修会動画3) - ウェブセミナー(2020年10月31日)
「第1回web会議システムで医療機関をつないだ運転支援の症例検討会」(開催のお知らせ) - 院内研修会(2020年1月10日,2月21日,3月13日)
「運転支援についての勉強会 ~ 桔梗ケ原病院における運転支援の取り組み~」(案内) - 院内研修会(2020年1月24日)
「医療者に対する運転支援についての勉強会 ~ 運転支援に必要となる知識 ~」(案内)
Ⅵ-3-F.2019
- 院内研修会(2019年11月13日)
「運転支援についての勉強会 ~ 桔梗ケ原病院における運転支援の取り組み~」(案内) - 院内研修会(2019年5月22日)
「半盲と半側空間無視が運転に与える影響」についての勉強会(案内)
Ⅵ-3-G.2018
- 院内研修会(2018年10月10日,11月14日,12月12日)
「運転支援についての勉強会 ~ 桔梗ケ原病院における運転支援の取り組み~」(案内)
Ⅶ.相談窓口
Ⅶ-1.運転支援の概要
当院における運転支援には自動車運転リハビリテーション,運転適性の評価の2つの意義があります。現在、当院では➀外来診療,②入院診療の2つの方法で運転支援を行っております。
入院診療による運転支援では、運転リハビリテーション、運転適性の評価の両者を行います。しかし、外来診療では時間的な制限により運転リハビリテーションを行うことは困難であり、外来診療における運転支援では主に運転適性の評価を行っています。
Ⅶ-2.問い合わせ窓口
運転支援を希望される場合は、事前に診療予約をお取りいたしますので、桔梗ケ原病院地域医療連携室(電話:0263-54-0012、メール:renkeishitsu@keijin-kai.jp)までご相談ください。
Ⅶ-3.当日に必要となるもの
- 現在服用中の薬がわかるもの(服薬手帳など)
- 紹介状(可能であればご持参ください)
※診療当日は①病気の経過,②普段の様子をお聞きする必要があります。可能であれば御家族同伴で病院を受診することをお勧めします。
Ⅶ-4.紹介いいただく医療機関の方へ
Ⅶ-4-A.神経心理学的検査の結果
脳血管障害の後遺症の中で、運転再開の課題となるものに身体障害、高次脳機能障害があります。現在の高次脳機能障害の状態を把握するため、過去2カ月以内に施行した、神経心理学的検査の結果(MMSE,HDSR,Kohs立方体組み合わせテスト,BIT,TMT)についての情報提供をお願いいたします。
Ⅶ-4-B.当院における運転支援が困難となるケースについて
合併症や使用薬剤によっては、当院の運転支援では対応できない場合があります。情報提供いただいた紹介状から、運転支援を行う上で課題が大きいと判断した場合は、問題点について貴院に相談させていただくことがあります。
以下に、当院における運転支援が困難であった事例を示します。
- 統合失調症,躁うつ病,アルコール中毒といった精神疾患を合併する場合
- てんかんを合併し、当院以外で継続的な治療が行われている場合
- 抗てんかん薬,向精神薬といった運転禁止薬を内服する場合